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東京高等裁判所 昭和36年(う)731号 判決 1961年10月12日

控訴人 被告人 荒川倉 外一名

弁護人 岡田実五郎 外二名

検察官 原長栄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人金有珍の負担とする。

理由

被告人荒川倉にかかる控訴趣意について。

所論は、要するに、たばこ専売法第七十五条にいう没収追徴の客体には公社又はその指定小売人の手を経て国家の財政収入が満足された後販売された製造たばこを包含しないものと解すべきにかかわらず、これを包含するものと解釈し、被告人荒川に対し没収追徴を言い渡した原判決には、法令の解釈を誤つた違法がある、というに帰する。

よつて按ずるに、たばこ専売法によるたばこ専売制度が結局において国家財政上の収入をその根本目的とすることは所論のとおりであるけれども、同法は右根本目的の下に、その企業独占の実を具体的に確保し且つ該企業の健実な運営及びその信用の保持等を期するため、たばこの耕作、製造たばこの製造、輸入、販売、輸出等の各段階において諸種の規制をなし、特に販売の段階においては、製造たばこの販売機関を日本専売公社及びその指定小売人に限定(同法第二十九条)すると共に公社及び小売人に対し厳重な監督統制(同法第三十条、第三十一条、第三十四条乃至第三十六条、第三十八条乃至第四十条等)をしていることに鑑みれば、たとえ指定小売人が一旦消費者に売り渡した所論の製造たばこであつても、公社又は指定小売人でない者が反覆継続してする意思の下に、これを他に販売し又は販売の準備をする場合は、たばこ専売法の根本目的とする財政収入の面において直接の侵害を与えるものとは云い難いけれども前記のような諸種の監督統制を乱し、ひいては右根本目的を阻害することになるから、、かような行為は同法第二十九条第二項に違反するものと解するを相当とし(昭和三〇年(あ)第一〇二五号、同三二年七月九日最高裁第三小法廷決定、判例集一一巻八号二〇五五頁参照)、他面同法第七十五条は、犯則物件又はこれに代るべき価格が犯則者の手に存することを禁止すると共に国がたばこの専売を独占し、もつて前記目的を確保するため、特に必要没収、必要追徴の規定を設け、不正たばこの販売などの取締を厳に励行しようとする趣旨であると解せられるから、前記のように、指定小売人が一旦消費者に売り渡した製造たばこであつても、これを更に販売し又は販売の準備をした行為につき、一定の条件の下に同法第二十九条第二項第七十一条第五号の罪の成立を認める以上、右犯罪にかかる製造たばこにつき没収追徴を言い渡すことは当然であり、国が既に財政収入を得ていることを理由として例外的取扱をすべきいわれはない。本件についてこれをみるに、被告人荒川倉が公社から指定を受けた製造たばこの小売人でないのに反覆継続してする意思の下に多量の製造たばこを他に販売し、又は販売の準備をしたことは、原判決の判示自体に徴し明らかであるから、たとえ所論のように右製造たばこが指定小売人において一旦消費者に売り渡したものであることについては、検察官が争わないとしても、犯罪にかかる製造たばこを没収し、又はその価格を追徴した原判決の措置は相当であつて、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)

弁護人岡田実五郎の控訴趣意

第一点原判決は罰則を誤解した違法がある。

原判決によると被告人は、(一)判決末尾添付の犯罪一覧表(一)記載の通り「昭35・5・1~34・5・17間の一八〇回に亘り公社製造たばこを金一、七七二、八四〇円で谷口通に販売したこと」を認定し、(二)「34・5・22『ピース』二〇〇ケ『ひかり』二〇ケを所持して販売の準備をしたこと」(三)「34・5・24『ピース』七四三ケ『いこい』七八四ケ『みどり』一一七ケ『しんせい』六六ケ『ひかり』一三ケを所持して販売の準備をしたこと」の事実を認めて被告人を有罪と認定し右(二)及び(三)につきそのたばこを没収し(一)については没収できないものとして金一、九二七、〇〇〇円の追徴を命ずるに至つたのである。

ところで事実は本件のたばこは専売公社の製造たばこであること、同たばこは公社指定の小売人の手を経たたばこであることは当事者間に争いのないところである。(公判調書34・11・24参照)そこでたばこ専売法(以下単に法という)第七十五条をみると、「第七一条第七二条第一項若しくは第二項又は第七三条第四号から第七号までの犯罪にかかるたばこ、たばこ種子、たばこ苗、葉たばこ、製造たばこ、葉たばこ若しくは製造たばこのくず、巻紙、製造たばこの包装、製造たばこの代用品、その原料又は製造たばこ、巻紙もしくは製造たばこの代用品の製造用器具機械は没収する」。と規定するので一応本件については違法の点がないように見える。しかし一歩進んで「没収」及「追徴」の規定を設けた立法の精神を検討してみる必要がある。たばこ事業に関し民営による利益の分割を排除し之を国営による専売とし国家自ら当該事業を独占する所以のものは、たばこの収入を以て国家の主要財源に当てるためである。由来たばこは人の嗜好品であつて生活必需品とは云い難く、しかも人体に害こそあれ、実益なく、従つて積極的な宣伝も許されない反面国家のため厖大な収入を挙げなければならないところに事業の困難性が観取されるわけである。たばこ専売法は第九章第七十一条以下に於いて厳重な罰則を設けているのは該事業の困難性を妥当に緩和し且つたばこ益金の増収とその確保を図ることを目的としているが為めであつて、刑法第十九条の二と異なり必要的没収必要的追徴の規定を設けている所以のものもまた本法の特殊目的を貫徹せんがためである。)最高裁判例解説刑事篇昭三一年度四五〇頁参照)即ち法第七十五条の必要没収、必要追徴の制度を設けた所以は国家の財政収入の確保にあるのであるから公社又はその指定小売人の手を経てたばこが販売されて国家の財政収入が確保された以上右販売済後のたばこについては国家の財政収入にはも早や関係がないものといわねばならない。

そこで本件をみると、本件たばこは公社又はその指定小売人の手を経たものであることは当事者間に争いのないところであるから(前示公判調書参照)被告人は右たばこを販売したとしても法第二十九条法第七十一条に触れることがあつてもそのたばこを没収し又はその価格を追徴し得ない筈である。もしそれなのに右たばこを没収し又はその価格を追徴すべきものとすれば国家は被告人の犯罪に藉口して財政収入の二重取を敢行することになる。かかることは社会正義が之を許さない。憲法第二十九条にも私有財産は正当の補償がなければ之をおかしてならないことを明規して眷るのである。国家の財政収入が満足を得ているのに被告人の犯罪を奇貨として没収又は追徴をなすことは国家の目的に反する。国家は国民の安寧、幸福の為めにのみ存在するのであるからである。法第七十五条の没収及び追徴は刑法第十九条のそれとその性質及び目的を異にする。従つて法第七十五条に云う没収及び追徴の客体には公社又はその指定小売人の手を経て国家の財政収入が満足された後のたばこの販売を包含しないものと解しなければならない。以上の如くであるから原判決を破毀の上相当の裁判を求めるものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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